2006年 10月 07日 ( 2 )

10月7日

今日は、午前中、斐川の音楽教室。
日向がチェロ。
私はやっぱり耳がダンボ。

チェロの音ってとっても沁む。
深くて温かくて。

私も弾きたくて、うずうず。



大急ぎで松江に帰り
待望の飯田史彦さんの講演会。
「生きがいの創造」という本を読んで以来
気になっていた方。

とっても心に沁みるお話だった。

親子の話
病気や障害の話
私・・涙がこみ上げてしかたなかった。

そしてね
子供達のこと
母や、今は亡き父や、それから祖父母のこと
出逢うお友達
出逢う出来事
すべてが愛おしくなる
そんな気持ち

私は何を学ぶために今ここに生まれ、生きているんだろう
答えは今、見いだせなくてもいいね
今、目の前のこと、いっこいっこ
目の前の人、一人一人とわくわくしながら
向き合ってゆけばいい^^

とてもいいお話で
著書が読みたくて、すぐに書店めぐりをしたけど
近くには在庫がないとのこと
あぁ残念!と思っていたら
別の本を発見。星野道夫さんの本とか、最近存じ上げて気になる方の本とか。
それもきっとめぐりあわせね♪って買って帰った。
本をずんずん読みたい。



いろんなことが、どんどん舞い降りてくる。
私、それらをにこにこと受け止めさせてもらっているなぁ^^
どんどん舞い降りてくるものを
受け止められる器・・育てたいなぁ^^
大好きな人たちとふれあえる中で^^



そして・・抱擁。
私・・ひょっとしたら・・初めてかもしれないなぁ。
もしかしたら、小さいときも、こんなにしてもらったこと、あったのだろうか?
母は、それはそれは情の厚い人だけど、
なんといったらいいのだろう・・ぶきっちょなのかな?
可愛くてたまらんという気持ちなのに
孫のことさえも、あまりぎゅっと抱っこしてるのを見たことがなくって・・
私自身の記憶にもひょっとしたら残っていなくって・・
だから、ぎゅうっとしてもらう抱擁って初めてかも・・という感じ。
今日、初めて会った方が、それはそれはとっても会いたかった方で
抱擁してくださった。
私、きっと、戸惑ったかもしれない。
それはさっきも書いたように、抱擁はちょっぴり遠いところにあったから。
でもとけそうだった。
すぐに戸惑いはなくなって、嬉しくって、幸せで、とけそうになったよ。
あったかいんだね。抱擁って。
それとも、その方があったかいのかな。
どっちもだね。きっと。
いつもなんだか自信がなくておどおどおずおずしちゃう私だけど
私のありのまんま・・そのまんまでいいんだね・・って
抱擁に想ったよ。



さぁ
今夜は、だんなさんが飲み会。
子供達と四人だから・・ケンタッキーかなにかで・・超手抜き・・それもいいとしよっ^^
ぐいっとビールなど飲みながら・・うぃぃぃ♪いい夜だ
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by nonohanatomochan | 2006-10-07 20:55

10月6日

七五三のお洋服を作っていただいて
ほんとに素敵なワンピースです。
嬉しい。

袖に手を通させていただくと
ぴたっと肌に寄り添ってくれるほどなじみ
会うべきして会えた・・そんなワンピースです。
襟ぐりの開き具合や
しっとりなじむ感触や
たくさんギャザーが寄っているのに、すとんと落ちて落ち着く感じや・・
なんだかとってもなじんで
大好き♪って嬉しくなりました。

感謝です。







ひとつ書きます。

私には宝だと想っている人たちがいます。
すすちゃん、のりちゃん、りょうちゃん、ちよちゃん、みっちゃん・・です。
今はアップしていないけれど、以前の野の花だよりのエッセイで
彼らのことを書かせていただいたこと・・ありましたネ。


以前、私・・病院に長く入院していたとき、
その多くの時間、ほとんど寝たきりでした。
ものすごく痛くて、そして、同じくらい心も痛く疲れきっていて、
朝が来ると、また一日が始まると涙が出ていた。
そして・・本当は・・死ということが心の近くに忍び寄っていた。

最近になり、歳月を経てやっと自分の病気のことをネットで調べてみて、
あぁ・・・・そうだったか・・と思った。
あまりの激烈な痛みに、人生の変更を余儀なくされたり、
人格が破壊されたりするケースが多い。
そういった病気の説明に。
まさにそうだった。
どこまで続くのかも全く分からなかったから・・・・憔悴していた。

私が目を覚ましたのは・・
それから、後になって知った人格も破壊され・・というそういうことにならなくてよかったのは・・
いつもそばにいてくれる方たちの存在があったから。
主治医の先生の存在。
先生は、どこまでもどこまでも私のことを想って下さった。
私が死んじゃったりしたら、先生はどうなるのだろう・・と思った。
母の存在。
母は、来る日も来る日も、病院に来てくれた。
来てくれる時は、カツカツってヒールの音が早い。
今日はどうだろう?よくなってるかな?っていう気持ちのカツカツだ。
でも帰りは、カツカツが重い。
あぁ・・・・・今日もまたよくなってない・・・・・・そういう思いのカツカツ。
私が死んじゃったりしたら、母はどうなる?って思った。
主人の存在。
毎日必ず来てくれて、ベッドサイドで変わらず過ごしてくれた主人。
主人はどうなる?
その人達のことを想ったら、私に忍び寄っているものはとうてい身勝手なものだと思った。

それから・・そばで接する人ではなかったけれど
心にしっかりいてくれる人たちがいた。
・・・養護学校で一緒に過ごした子どもさんたち。
私はね・・はずかしくなったの。
彼らと一年間過ごさせてもらって・・言葉では書き表せないものいっぱいいただいて・・
それなのに・・・と。

彼らは、私の命の恩人。
心から死が遠のいた。

そうしたら、いろんなことが、私に舞い降りてきた。

その当時、ある有名な方が、ガンで、闘病宣言の末、なくなられた。
お友達がお見舞いに差し入れてくれる週刊誌には、
その方の人生について各誌が掲載していた。
私は読みふけった。
なんだかしらないけど、感じるものがいっぱいあって。

似ていた。その方の人生と。
そして、その方は、お亡くなりになってしまった。
そして、私は、激烈な痛みはあるものの、命はこうしてある。
どうして?
どうして命は奪われなかったの?
そこにもきっと意味があるんだね。
病を得た意味。
命を残していただいた意味。
それはなに?
・・というふうに
つらつらと思索が、私の中で、めぐり始めた。

そうしたら、いろいろな気づきがますます舞い降りたし
いろいろな出来事が開けていった。
いろんな方との出逢いがあった。

なんだか
自分の足でしっかり地に足を着いて生きたくなった。
自分の口で自分の言葉で自分の心を伝えたくなった。
私は私、どんなところもまぎれもないそのままの私・・素直に生きたくなった。
無理せず、背伸びせず、気負わず、ゆっくりゆっくり歩く私の速さで・・。

そんなことを想ったら、
依然、猛烈に痛いし、どうやらそれはすぐに治るものじゃなく、
しばらく?ずっと?付き合ってゆくことになるものらしく、状態は変わらないけど、
心はどんどん明るいほうに向いていった。

家族の中に・・
野の花や木々や空や水の流れの中に・・
出逢う人たちの中に・・
出逢う出来事の中に・・
自分の心の中にも・・
すべての中に・・
神様みたいなものがある
そんなことを感じるようになった。

だんだん・・だんだん・・死が遠のいた。
どうやって生きるか・・ということが
心の真ん中をしめていった。




心の一番奥深いところに
なんだか優しく光が差し込んでくる。
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by nonohanatomochan | 2006-10-07 20:33