10月6日

七五三のお洋服を作っていただいて
ほんとに素敵なワンピースです。
嬉しい。

袖に手を通させていただくと
ぴたっと肌に寄り添ってくれるほどなじみ
会うべきして会えた・・そんなワンピースです。
襟ぐりの開き具合や
しっとりなじむ感触や
たくさんギャザーが寄っているのに、すとんと落ちて落ち着く感じや・・
なんだかとってもなじんで
大好き♪って嬉しくなりました。

感謝です。







ひとつ書きます。

私には宝だと想っている人たちがいます。
すすちゃん、のりちゃん、りょうちゃん、ちよちゃん、みっちゃん・・です。
今はアップしていないけれど、以前の野の花だよりのエッセイで
彼らのことを書かせていただいたこと・・ありましたネ。


以前、私・・病院に長く入院していたとき、
その多くの時間、ほとんど寝たきりでした。
ものすごく痛くて、そして、同じくらい心も痛く疲れきっていて、
朝が来ると、また一日が始まると涙が出ていた。
そして・・本当は・・死ということが心の近くに忍び寄っていた。

最近になり、歳月を経てやっと自分の病気のことをネットで調べてみて、
あぁ・・・・そうだったか・・と思った。
あまりの激烈な痛みに、人生の変更を余儀なくされたり、
人格が破壊されたりするケースが多い。
そういった病気の説明に。
まさにそうだった。
どこまで続くのかも全く分からなかったから・・・・憔悴していた。

私が目を覚ましたのは・・
それから、後になって知った人格も破壊され・・というそういうことにならなくてよかったのは・・
いつもそばにいてくれる方たちの存在があったから。
主治医の先生の存在。
先生は、どこまでもどこまでも私のことを想って下さった。
私が死んじゃったりしたら、先生はどうなるのだろう・・と思った。
母の存在。
母は、来る日も来る日も、病院に来てくれた。
来てくれる時は、カツカツってヒールの音が早い。
今日はどうだろう?よくなってるかな?っていう気持ちのカツカツだ。
でも帰りは、カツカツが重い。
あぁ・・・・・今日もまたよくなってない・・・・・・そういう思いのカツカツ。
私が死んじゃったりしたら、母はどうなる?って思った。
主人の存在。
毎日必ず来てくれて、ベッドサイドで変わらず過ごしてくれた主人。
主人はどうなる?
その人達のことを想ったら、私に忍び寄っているものはとうてい身勝手なものだと思った。

それから・・そばで接する人ではなかったけれど
心にしっかりいてくれる人たちがいた。
・・・養護学校で一緒に過ごした子どもさんたち。
私はね・・はずかしくなったの。
彼らと一年間過ごさせてもらって・・言葉では書き表せないものいっぱいいただいて・・
それなのに・・・と。

彼らは、私の命の恩人。
心から死が遠のいた。

そうしたら、いろんなことが、私に舞い降りてきた。

その当時、ある有名な方が、ガンで、闘病宣言の末、なくなられた。
お友達がお見舞いに差し入れてくれる週刊誌には、
その方の人生について各誌が掲載していた。
私は読みふけった。
なんだかしらないけど、感じるものがいっぱいあって。

似ていた。その方の人生と。
そして、その方は、お亡くなりになってしまった。
そして、私は、激烈な痛みはあるものの、命はこうしてある。
どうして?
どうして命は奪われなかったの?
そこにもきっと意味があるんだね。
病を得た意味。
命を残していただいた意味。
それはなに?
・・というふうに
つらつらと思索が、私の中で、めぐり始めた。

そうしたら、いろいろな気づきがますます舞い降りたし
いろいろな出来事が開けていった。
いろんな方との出逢いがあった。

なんだか
自分の足でしっかり地に足を着いて生きたくなった。
自分の口で自分の言葉で自分の心を伝えたくなった。
私は私、どんなところもまぎれもないそのままの私・・素直に生きたくなった。
無理せず、背伸びせず、気負わず、ゆっくりゆっくり歩く私の速さで・・。

そんなことを想ったら、
依然、猛烈に痛いし、どうやらそれはすぐに治るものじゃなく、
しばらく?ずっと?付き合ってゆくことになるものらしく、状態は変わらないけど、
心はどんどん明るいほうに向いていった。

家族の中に・・
野の花や木々や空や水の流れの中に・・
出逢う人たちの中に・・
出逢う出来事の中に・・
自分の心の中にも・・
すべての中に・・
神様みたいなものがある
そんなことを感じるようになった。

だんだん・・だんだん・・死が遠のいた。
どうやって生きるか・・ということが
心の真ん中をしめていった。




心の一番奥深いところに
なんだか優しく光が差し込んでくる。
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by nonohanatomochan | 2006-10-07 20:33
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